国内の犬の飼育頭数が過去5年で約80万頭減少する一方、一頭あたりのフードへの月平均支出は約3割増加。この市場構造の変化を「高齢化」「高品質志向」「購買行動の変化」の3つの視点から解説し、ペットフード事業者が取るべき戦略を提言します。
みなさん、こんにちは。ペットフード事業コンサルタントの荒木です。
突然ですが、「以前に比べて、街で犬を見かける機会が減ったかもしれない」と感じられたことはないでしょうか。実はそれ、単なる感覚ではなく、実際のデータにも表れているんです。最新の市場調査に目を向けると、犬の飼育頭数は減少傾向にある一方で、一頭の犬にかけられるフード費用は増加しているという、注目すべき動きが見て取れます。
この記事では、この一見矛盾するような市場の変化について、その背景にある要因を分析し、今後のペットフード事業の方向性を考える上でのヒントをみなさんと共有できればと思います。
国内飼育頭数の実情:5年で1割減というインパクト
まず、国内における犬の飼育頭数の現状について見ていきましょう。
ペットフード協会の「全国犬猫飼育実態調査」によると、2019年には全国で約758万頭の犬が飼育されていましたが、5年後の2024年の推計では約680万頭となっています。
この数字を比較すると、わずか5年間で約80万頭、率にして10%以上も犬の飼育頭数が減少したことになります。1割減というのは、業界にとって無視できない大きな変化です。この背景には、ライフスタイルの変化や経済環境の変化による世帯の財政的ハードル、飼育者の高齢化による新規飼育の抑制や飼育継続の断念など、複合的な要因が影響していると考えられます。
この飼育頭数の大幅な減少は、ペットフード市場の「量」の側面において、大きな転換期を迎えていることを示唆しています。
一頭あたり支出の増加:愛情と投資の深化
飼育頭数が減少する一方で、犬一頭あたりにかけられる費用、中でも主食用ドッグフードへの月間平均支出額はどのように変化しているのでしょうか。
こちらも「全国犬猫飼育実態調査」に大変興味深いデータがあります。2019年には犬一頭あたりの月平均支出額が3,148円だったのに対し、2024年には3,900円へと増加しています(犬一頭飼育者の集計データ)。これは、実に23%の増加です。
全体の飼育頭数は減少しているものの、一頭あたりの支出がこれほど大きく伸びているという事実は、現在犬と暮らす飼い主さんの方々が、愛犬に対してより質の高いケアや製品を求める傾向が強まっていることを示しています。飼育頭数の減少はペットフードの出荷量縮小を意味しますが、個々の愛犬への投資は深化している状況と言えるでしょう。
物価高だけでは説明できないこのような支出増がなぜ見られるのでしょうか。その要因を3つの視点から考察してみます。
要因1:犬の長寿化と健康意識の向上
支出増加の大きな要因の一つとして、犬の「高齢化」の進行と、それに伴う飼い主さんの「(愛犬に対する)健康意識の著しい高まり」が挙げられます。
犬の平均寿命は、獣医療の進歩や飼育環境の向上などにより、年々延伸する傾向にあります。2010年の犬の平均寿命が13.87歳だったのに対し、2024年には14.90歳と1歳延びました。これは大変喜ばしいことですが、同時に、人間と同様に、加齢に伴う様々な健康課題への関心が高まることを意味します。関節ケア、腎機能の維持、免疫力のサポートなど、高齢犬特有のニーズに対応したフードへの需要が増しているのです。
動物病院で獣医師の指導のもと、特定の健康問題を抱える犬のために処方される「療法食」の利用率も増加傾向にあります。これは、飼い主さんが愛犬の健康状態をより深く理解し、専門的な知見に基づいたフード選択を行うようになっていることの表れとも言えるでしょう。
要因2:「より良いものを」プレミアムフードへの確かなシフト
二つ目の要因として、「プレミアムフード」への需要シフトが加速している点が挙げられます。
「プレミアムフード」に厳密な定義はありませんが、前述の健康志向の高まりと連動し、高品質な原材料の使用、優れた栄養バランス、製造プロセスへの配慮など、付加価値の高いフードを求める傾向が強まっています。
例えば、「グレインフリー(穀物不使用)」や「高タンパク質」、「単一タンパク源(特定のアレルギーに配慮)」といったコンセプトを持つフードは、特定のニーズを持つ犬や、より自然に近い食事を志向する飼い主さんから支持を集めています。これらのフードは比較的高価格帯であることが多いですが、愛犬の健康や満足度を優先する飼い主さんにとっては、価格以上の価値を感じられる選択肢となっています。
また、純血種の犬は、その犬種特有の栄養ニーズや健康上の注意点がある場合も少なくありません。そうした犬種ごとの特性に合わせた専用フードも、プレミアムカテゴリーの一つとして市場を形成しており、支出単価の上昇に寄与していると考えられます。
要因3:利便性と継続性を提供するサブスクリプションモデルの浸透
三つ目の要因として、ペットフードの「サブスクリプションサービス(定期購入)」の普及が挙げられます。
近年、多くのペットフードメーカーやECサイトが、定期購入による割引や、個々のニーズに合わせたフード提案といったサービスを展開しています。
サブスクリプションモデルは、飼い主さんにとって、
- 買い忘れを防ぎ、フードを常にストックできる安心感
- 重いフードを店舗から運ぶ手間からの解放
- 継続利用による価格的なメリット
…といった利便性を提供します。
特に、比較的高価なプレミアムフードを日常的に利用している飼い主さんにとって、サブスクリプションは魅力的な購入形態です。これにより、月々の支出が安定化し、場合によっては「定期購入なら少し良いグレードのものを」といったアップセルにも繋がる可能性があります。こうした購買行動の変化も、平均支出額の上昇を後押ししている一因と言えるでしょう。
今後の市場動向と事業者が取るべき戦略
このように、犬市場は「量の縮小」と「単価の上昇」が同時に進行するという、新たな局面を迎えています。では、ペットフード事業者はこの変化をどのように捉え、どのような戦略を構築すべきでしょうか。
1.高付加価値戦略の継続と深化
犬の高齢化と飼い主さんの健康志向は今後も続くと予想されます。したがって、「健康寿命の延伸サポート」や「特定の健康課題への対応」を訴求する、質の高い製品開発は引き続き有効な戦略です。
- 機能性成分の配合:関節サポート(グルコサミン、コンドロイチン等)、消化器ケア(乳酸菌、プレバイオティクス等)、皮膚・被毛の健康維持(オメガ3脂肪酸等)など、科学的根拠に基づいた成分を配合したフード。
- ライフステージ別栄養設計の高度化:単なる「シニア用」ではなく、「アクティブシニア用」「ハイシニア用」など、より細分化されたニーズに対応する栄養設計。
- 透明性の追求と情報開示:原材料の原産地、製造工程、第三者機関による認証などを積極的に開示し、製品への信頼性を高める。
2.パーソナライズ提案の強化
画一的な製品提供から、個々の犬の特性や飼い主さんの価値観に合わせた「個別最適化」への流れは加速するでしょう。
- 犬種別・サイズ別フードの拡充:特定の犬種や体格に特有の栄養ニーズに対応した製品ラインナップ。
- アレルギー・感受性への対応:多様なアレルゲンに配慮したフードや、獣医師と連携した食事指導の提供。
- データ活用によるレコメンデーション:購買履歴や愛犬のデータ(年齢、犬種、健康状態など)に基づいた、よりパーソナルな製品提案システムの構築。
3.サブスクリプションサービスの進化
サブスクリプションは、単なる定期配送に留まらず、顧客との継続的な関係構築とLTV(顧客生涯価値)向上のためのプラットフォームとしての役割が期待されます。
- 付加価値の高いサービスの提供:フードのカスタマイズ提案、獣医師や専門家によるオンライン健康相談、関連サービス(ペット保険、トリミング等)の優待など。
- コミュニティ形成の支援:同じ犬種や悩みを持つ飼い主さん同士が情報交換できる場の提供など、ブランドへのエンゲージメントを高める施策。
4.価格戦略の慎重な検討
一頭あたりの支出は増加傾向にありますが、飼い主さんの価格許容度には限りがあります。製品の価値を的確に伝え、納得感のある価格設定が求められます。
- ターゲット層の明確化と価格設定:どの所得層の飼育世帯に製品を届けたいのかを明確にし、それに応じた価格帯を設定する。
- 競合製品との比較分析:市場における自社製品のポジショニングを把握し、価格競争力と付加価値のバランスを考慮する。
- 多様な選択肢の提供:容量違いのパッケージや、エントリーモデルとプレミアムモデルといった、価格帯の異なるラインナップを用意することも有効。
また、留意すべきは、犬を飼育していない理由として「経済的負担」を挙げる声が依然として多いという事実です。これは、潜在的な新規飼育層にとって、費用が大きな参入障壁となっていることを示しています。既存顧客の満足度向上と同時に、将来の市場を支える新規顧客層への配慮も、業界全体の課題として認識する必要があるでしょう。
まとめ:構造変化を捉え、新たな価値提供で市場を拓く
犬用フード市場は「量から質へ」と大きくシフトし、飼い主さんが愛犬一頭あたりにかける投資を惜しまない傾向が強まっていることは明らかです。「高齢化」「健康志向」「利便性」といった市場のキーワードを的確に捉え、高品質でパーソナライズされた、かつ利便性の高い製品やサービスを提供することが、新たな成長機会を掴む鍵となります。
ペットフード関連事業者のみなさま、そしてこの市場への新規参入をご検討されているみなさま。この構造変化の波を好機と捉え、消費者の深層ニーズに応える革新的な戦略を展開し、共に前進してまいりましょう。
みなさまの事業展開の一助となれば幸いです。