犬や猫のミネラル要求量がヒトより高い理由は、肉食動物としての進化的背景、急速な成長スピード、高い代謝率、特有の生理機能が挙げられます。また、AAFCOの栄養基準は原材料の特性、加工工程の影響、安全マージンが考慮されています。これらの要因が組み合わさり、犬や猫はヒトよりも多くのミネラルを必要としているのです。
みなさん、こんにちは。ペットフード事業コンサルタントの荒木です。
今日は、ペットの栄養学を学んだ経験のあるみなさんが一度は疑問に思ったことがあるかもしれない、「犬や猫のミネラル要求量」について解説します。実は、犬や猫が健康に生きていくために必要なミネラルの量は、私たち人間と大きく異なる場合が多いんです。その背景には、彼らの祖先の食生活から、体の仕組み、そしてペットフードならではの特性まで、様々な理由が隠されています。その秘密を探ってみましょう。
1.ミネラルってそもそも何?なぜ大切なの?
まず、「ミネラル」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか? カルシウム、鉄、亜鉛……などなど、ミネラルは私たちの体を作るため、そして体の調子を整えるために欠かせない栄養素です。これは犬や猫にとっても全く同じ。骨や歯を作ったり、血液や体液の濃度を調整したり、ホルモンの合成を助けたりと、目に見えないところでたくさんの大切な働きをしています。
体の中ではほんの少ししか必要ない「微量ミネラル」と呼ばれるものもあれば、比較的たくさん必要な「多量ミネラル」もありますが、どちらも健康維持には不可欠。どれか一つが多すぎたり少なすぎたりすると、体のバランスが崩れてしまうこともあります。
2.衝撃の事実!?犬猫と人間のミネラル必要量を比べてみよう!
では、実際に犬や猫と人間では、どれくらいミネラルの必要量が違うのでしょうか? いくつかの代表的なミネラルについて、体重1kgあたりの1日に必要な量を比較した表を見てみましょう。
表1:主なミネラルの推奨摂取量比較(単位:mg/kg体重/日)
ミネラル | ヒト(成人) | 成犬 | 成猫 |
カルシウム | 10.77 | 88.35 | 102.84 |
リン | 13.85 | 70.68 | 85.70 |
鉄 | 0.115 | 0.707 | 1.371 |
銅 | 0.0123 | 0.129 | 0.086 |
亜鉛 | 0.138 | 1.414 | 1.286 |
- ヒトの数値は、厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」より成人男女の推奨量または目安量(鉄は成人男性の推奨量)を使用し、体重65kgと仮定して体重あたりに換算。
- 成犬・成猫の数値は、AAFCO (2016年版) の維持期の乾物(DM)あたり最小要求量 を、一般的な1日あたりDM摂取量から体重あたりに換算した推定値。
- 犬: 体重1kgあたり約17.7g DM(10kgの犬、フードのエネルギー密度3500kcal ME/kg DMと仮定)
- 猫: 体重1kgあたり約17.1g DM(4kgの猫、フードのエネルギー密度3500kcal ME/kg DMと仮定)
いかがでしょうか? カルシウムや鉄、亜鉛など、多くのミネラルで犬や猫の方が人間よりもずっと多くの量を必要としているのが分かりますね。例えばカルシウムは、犬で人間の約8倍、猫では約9.5倍が必要です。鉄は、犬で約6倍、猫ではなんと約12倍にもなります! これは一体なぜなのでしょうか? その謎を解くカギは、犬や猫の体の特別な仕組みや、私たち人間とは異なる進化の歴史に隠されています。
理由その1:祖先から受け継いだ「食性のDNA」
犬や猫のミネラル要求量を理解する上で欠かせないのが、彼らの祖先の食生活です。犬と猫のルーツを考えてみましょう。
猫は生粋のハンター(完全肉食動物)
猫の祖先は、自然の中でネズミや鳥、爬虫類、昆虫など自分よりも小さな生物を捕らえて食べる「生粋のハンター」でした。そして驚くべきことに、その食性は現代のイエネコにも色濃く受け継がれており、猫は「完全肉食動物」と言われます。
「完全肉食」とは、その名の通り、動物の肉や内臓、骨などを丸ごと食べることで必要な栄養素のほとんどをまかなう食生活のこと。獲物を丸ごと食べることで、筋肉からはタンパク質や一部のビタミン、内臓からはタウリン(猫にとって極めて重要)をはじめとする各種ビタミン・ミネラル、そして骨からはカルシウムやリンといったミネラルを、まるで自然のサプリメントのようにバランス良く摂取していたのです。彼らの体は、動物性の食べ物から効率よくミネラルを吸収し、利用できるように、何万年もの時間をかけて最適化されてきました。植物性の食べ物からでは十分に得られない栄養素も多く、猫はたとえば植物に含まれるβ-カロテンを体内でビタミンAに変換することができません。そのため、動物の肝臓などに含まれる活性型のビタミンAを直接摂取する必要があるのです。
犬は肉食寄りの雑食動物
一方、犬の祖先であるオオカミも基本的には肉食動物でした。群れで狩りを行い、自分たちよりも大きな獲物を倒して食べていました。しかし、犬は人間と非常に長い時間を共に暮らす中で、その食性に変化が起きました。人間の食べ残しや、時には人間が栽培した穀物なども口にする機会が増え、次第にデンプンなどの植物性栄養素も消化・利用できるように適応していったのです。そのため、現代の犬は「雑食動物」に近い性質を持つと言われます。
しかし、「雑食」といっても、人間とは大きく異なります。猫ほどではありませんが、依然として人間よりも多くのタンパク質を必要としますし、肉からミネラルを効率よく摂取する能力は、オオカミだった頃のDNAにしっかりと刻まれています。
私たち人間は、野菜や果物、穀物、そして肉や魚など、非常に多様なものを食べる雑食動物です。そのため、特定の食べ物に偏らず、様々な食材から栄養を摂ることに長けています。犬や猫とは、この「食の戦略」が根本から異なるため、ミネラルの摂り方や必要な量も大きく変わってくるのは、ある意味当然のことと言えるでしょう。
理由その2:驚異の成長スピード
人間の赤ちゃんが一人前に歩けるようになるまで1年近くかかり、完全に大人になるまでには十数年という長い年月を要するのと比べると、犬や猫の成長スピードはまさに「驚異的」と言えるでしょう。小型犬や猫なら約1年、体が大きな大型犬でも1年半から2年ほどで成犬・成猫になります。 成長期は、彼らの体の中で、まるで超特急の建設工事が行われているような状態です。骨はぐんぐん伸び、筋肉はもりもりとつき、血液もどんどん作られていきます。この目まぐるしい体の変化を支えるためには、当然ながら大量の「建築資材」が必要になります。その重要な資材こそが、ミネラルなのです。
骨や歯の成長にはカルシウムとリンが大量に必要
丈夫な骨や歯を作るためには、カルシウムとリンが特に大量に必要です。人間の子供も成長期には牛乳をたくさん飲むように言われますが、犬猫の成長スピードを考えると、その比ではない量のカルシウムとリンが、短期間に集中的に求められるのです。もしこの時期にこれらのミネラルが不足すると、骨が正常に発達せず、将来的に骨折しやすくなったり、関節のトラブルを抱えたりするリスクが高まります。
血液や筋肉、細胞の成長にもミネラルは大活躍
血液の赤い色のもとであり、酸素を運ぶヘモグロビンの材料となるのは鉄です。筋肉が作られる過程や、新しい細胞が次々と生まれる際には、亜鉛や銅といったミネラルも重要な役割を果たします。急速に体が大きくなるということは、それだけ多くの血液、筋肉、そして無数の細胞が必要になるということ。そのため、これらのミネラルも成長期には特に需要が高まるのです。
ペットフードの栄養基準を定るアメリカの団体AAFCO(米国飼料検査官協会)の基準でも、成長期・繁殖期(妊娠中や授乳中の母犬・母猫も含む)の犬猫用フードは、成犬・成猫維持期用フードよりも、多くのミネラル(もちろん他の栄養素も)を高濃度で含むように定められています。これは、まさにこの爆発的な成長を栄養面からしっかりとサポートするためなのです。
理由その3:代謝と生理機能の違い
犬や猫と人間では、代謝の仕組みや生理機能にも違いがあり、これもミネラルの必要量に影響を与えています。
エネルギー代謝:種による栄養素利用の違い
私たち人間は、ご飯やパンなどの炭水化物、肉や魚などのタンパク質、そして油などの脂質をバランス良く摂り、それらをエネルギー源としています。一方、犬や猫、特に肉食性の強い猫は、タンパク質を優先的にエネルギー源として利用する代謝経路が発達しています。
タンパク質を分解してエネルギーに変えたり、体を作るための新しいタンパク質を合成したりする過程(これを「代謝」といいます)では、たくさんの種類のミネラルがサポート役(補因子)として、まるで小さな歯車のように働いています。タンパク質の利用が多いということは、それだけサポート役のミネラルの出番も多くなる、というわけです。これが、犬猫が人間よりも多くのミネラルを必要とする理由の一つと考えられています。
骨や血液、皮膚や毛の維持:生涯続くメンテナンス
成長期が終わった大人の犬猫でも、体のメンテナンスは生涯続きます。骨は一見すると変化がないように見えますが、実は常に古い骨が壊され、新しい骨が作られる「リモデリング」という新陳代謝を繰り返しています。この骨の健康維持にはカルシウムやリンが欠かせません。
また、血液中の赤血球も寿命があり(犬猫では約70〜120日、人間は約120日)、常に新しいものが作られています。赤血球の主成分であるヘモグロビンを作るためには鉄が、そして鉄の利用を助けるためには銅が必要です。
さらに、健康な皮膚・被毛を維持するためには、特に亜鉛が重要な役割を果たしています。もし亜鉛が不足すると、皮膚がカサカサになったり、毛艶が悪くなったり、脱毛が起きたりすることがあります。
このように、成犬・成猫であっても、体の様々な部分を健康に保つために、ミネラルは日々消費され、補給される必要があるのです。
ミネラルの吸収されやすさ(バイオアベイラビリティ)
バイオアベイラビリティ(生物学的利用能)とは、摂取した栄養素が実際に体内で吸収・利用される割合を示します。犬や猫では、いくつかのミネラルの吸収効率や調節能力に特徴があります。
- カルシウムの吸収調節機能: 特に子犬は、食事中のカルシウム濃度が高すぎる場合に、人間ほどうまく腸からの吸収量を減らすことができません。逆に、カルシウムが少ない食事の場合に、吸収率を上げる適応能力が人間よりも劣ります。そのため、特に成長期には適切な量のカルシウムを安定して継続的に食事から供給することが重要です。成犬になるとある程度調節できるようになりますが、それでも人間とは異なる調節メカニズムを持っています。
- 微量ミネラルの形態と吸収効率: 鉄や亜鉛、銅といったミネラルは、肉に含まれる「ヘム鉄」やアミノ酸と結合した「有機ミネラル(キレートミネラル)」のような形だと、犬猫の体にも比較的スムーズに吸収されます。しかし、植物性食材に含まれるこれらのミネラルや、酸化物・炭酸塩などの無機形態は吸収されにくいことが分かっています。
AAFCOの基準では、炭酸塩や酸化物の形で添加された鉄や銅は消化性が極めて低いため、最低必要量の計算に含めるべきではないと明記されています。つまり、同じ量のミネラルがフードに入っていても、その「形」によって、実際に体で使える量が大きく変わってしまうのです。
- 吸収を阻害する要因: 植物性原料、特に豆類や穀類に含まれる「フィチン酸」は、カルシウム、亜鉛、鉄、マグネシウムなどのミネラルと強固に結合し、吸収を妨げます。また、食事中のカルシウム濃度が非常に高いと、亜鉛、鉄、銅の吸収が低下することも知られています。
ペットフードには、コストや物性(粒形の維持など)の理由から様々な植物性原料も使用されます。そのため、吸収阻害因子の影響を考慮して、ミネラルが不足しないように、あらかじめ多めに配合されている場合があるのです。
理由その4:ペットフードならではの「工夫」と「基準」~安全と健康を守るための知恵~
私たちが普段、愛犬愛猫に与えている主食のドライフードやウェットフード。その多くは「総合栄養食」として、そのフードと新鮮な水だけで、犬や猫が健康を維持するために必要な栄養素をバランスよく供給できるように作られています。この「総合栄養食」という表示の背景には、多くの科学的根拠と工夫が隠されています。
人間の栄養基準との根本的な違い
人間の「食事摂取基準」は、多様な食品(主食、たんぱく源、野菜、果物など)を組み合わせた食事から栄養を摂取することを前提とした健康維持のための目安です。単一の食品だけ、一食のみですべての栄養を摂取することは想定していません。
一方、総合栄養食=AAFCOが定めるペットフードの栄養基準は、「そのフードのみ」で犬や猫の栄養要件を満たすことを前提としています。この点が人間とペットの栄養基準における最も大きな違いです。
AAFCO基準は「生理学的最低必要量」ではない
AAFCOの栄養基準は、最終的にみなさんの愛犬や愛猫が食べるペットフード製品そのものが満たすべき栄養の約束事です。ペットフードメーカーはこの約束を満たすために、以下の要素を考慮して製品を設計・製造しています。
- 原材料の特性とバイオアベイラビリティ(生物学的利用能): 前述の通り、ミネラルは含まれる食品の形態や、一緒に存在する他の成分によって、体への吸収しやすさ(バイオアベイラビリティ)が大きく変わります。AAFCOの基準は、ペットフードに一般的に使用される様々な原材料(肉類、穀類、野菜など)の栄養価のばらつきや、ミネラルの供給源(例えば、吸収されやすい有機ミネラルか、されにくい無機ミネラルか)の違いを考慮しています。
例えば、AAFCOは鉄や銅について、吸収されにくい「酸化物」という形で添加されたものは、栄養基準を満たすための計算に含めるべきではない、としています。これは、最終製品で犬や猫が確実に必要な量の鉄や銅を吸収できるようにするための重要な配慮です。 - 加工工程の影響: ペットフードは、製造過程で高温加熱や乾燥といった加工工程を経ます。ミネラルは熱で分解されませんが、加工によって他の成分との相互作用が変化し、結果的に生体利用率に影響する可能性があります。
- 安全マージンの設定: AAFCOの基準は、犬や猫が栄養不足に陥らないよう、様々な変動要因(原材料の品質差、栄養素間相互作用、個体差など)を考慮して、一定の「安全マージン」を含めて設定されています。これはどのような状況でも栄養的安全性を確保するための重要な考え方です。
このように、AAFCOの基準は「生理学的最低必要量」を示すものではなく、ペットフード製品の特性、使用される原材料の多様性、そして犬や猫の健康と安全を最優先に考慮した「実用的な配合目標値」としての性格を持ちます。そのため、人間の食事摂取基準(多様な食品からの摂取を前提とした生理的必要量に近い値)と比較すると、ペットフードの基準値は多くのミネラルで高く設定される傾向があるのです。
まとめ:犬猫のミネラル要求量が人間と異なる複合的要因
ここまで犬や猫のミネラル要求量が人間と比べてなぜこんなにも高いのか、その理由を様々な角度から見てきました。最後にポイントをあらためて整理してみます。
- 進化と食性:肉食動物としての遺伝的背景
犬や猫の祖先は肉食動物。獲物を丸ごと食べることで、ミネラルを豊富にかつ効率よく摂取する代謝システムを受け継いでいます。特に猫は完全肉食動物としての特性を強く残しています 。
- 成長スピード:急速な発育過程
人間の赤ちゃんとは比べ物にならない速さで成長する子犬や子猫。この急速な骨格・筋肉・臓器の発達のために、その材料となるミネラルが大量に必要です。
- 生理機能と代謝:種特異的なメカニズム
- 生涯続く体のメンテナンス: 大人になっても、骨の再構築、血液の新生、皮膚や被毛の維持など、体の様々な部分を健康に保つために、ミネラルは日々消費され、補給される必要があります。
- タンパク質中心のエネルギー代謝: 犬や猫は人間よりもエネルギー源としてタンパク質に依存する代謝経路が発達しています。この代謝経路で機能する酵素は補因子としてミネラルを要求するため、ミネラル必要量が増加します。
- 吸収調節機能の特性: 特定のミネラルの吸収調節能力が人間ほど器用ではなかったり、食べ物に含まれるミネラルの形や他の成分との組み合わせによって、実際に体で使えるミネラルの量が大きく変わったりします。
- ペットフードの栄養基準:総合栄養食としての設計思想
「総合栄養食」として、そのフードと水だけで健康を維持できるように、原材料の品質のばらつき、加工による栄養価の変動、吸収率の違いなどを全て考慮し、栄養不足が絶対に起きないように、安全マージンをたっぷり含んで基準値が設定されています。これは、多様な食品を組み合わせて食べる人間の基準とは考え方が根本的に異なります。
これらの要因が複合的に作用した結果、犬や猫のミネラル要求量は人間と比較して高くなっています。犬や猫はミネラルを無駄遣いしているわけではなく、彼らが健康に生きていくため、種特有の生物学的必要性に基づいているのです。
さて、犬や猫と人間では必要なミネラルの量が大きく異なること、そしてその背景には、彼らの進化の歴史から体の仕組み、さらにはペットフードという製品の特性まで、様々な理由があることを理解していただけたでしょうか。
これからも、みなさんと、みなさんの大切な家族であるワンちゃん、ネコちゃんが健康で幸せな毎日を送れるよう、役立つ情報を発信していきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。